昨日、息子から連絡をもらいました。
「第一希望だったところに落ちたため、就活終了します。そして3つもらっていた内定先を一つに絞り、xxに行くことにしました。」
息子よ、就活お疲れ様でした!!そしておめでとう。十分頑張ったよ。
大学院に入学してから始めた就活。1年半と長期間に渡った就活でした。希望していたところには落ちてしまっても、自身の専門分野での仕事に就くことができたので、よかったのではないかと思います。
私は息子にメーカーの研究職などがいいのではないかとずっと思っていたのですが、いざ息子が東大の大学院に進学してみると、東大理系院生というのは、あまりそのようなところを目指すことがないようで、理系で培ったロジカルな思考力を活かした職、そして高給が得られやすい業界、また社格の高い企業に行くことが多いということがわかり、息子の目指す方向もそういったところになっていきました。息子もご多分に漏れず、新卒就職偏差値ランキング上位企業ばかりを受けていました。
おかげ様で内定をいただき、社格の高い大手企業に就職が決まりました。社格の高い企業がファーストキャリアになれば、その後転職する際も有利に働くであろうと思われますので、良かったと思っています。
ただ、これは学歴としては一旦ゴールでありつつも、社会人としてはペーペーのスタートラインです。ここから何を成し遂げるのか、そしてきちんと成果を出していくことが、重要となってきます。
息子の就活を通して、自分とは全く違った世界を見せてもらいました。上級国民と庶民の見ている世界、暮らしている世界観の違いです。庶民と上級国民とでは、教育に関してそもそもの常識がこんなにも違うものなのかと、まざまざと見せつけられました。
私が息子に今まで行ってきた教育なんて、所詮、庶民のあがきみたいなものです。
例えば、中学から有名私学にいくのなんて当たり前なんですよ、上級の方々は。特別でもなんでもなく、経済的にも普通にできてしまう。
今は中学受験が過熱しているとは言われていますが、庶民が頑張って、より上級に近づこうとする結果の現れなのだと思います。そして、どうしてそのようなところへ向かおうとするのか、その心境は・・・
私は、息子の就活を通して見せられたもので、そのような心境をも計り知ることができるようになりました。
ずっと庶民の環境でいたならば、こうのようなことは多分一生分からなかったかもしれません。そういう意味で、中学受験なんてばかばかしいとも思いませんし、中学受験によって人生が大きく変わることもある大事な人生のイベントだということも今ならよくわかります。
庶民は所詮、庶民の感覚で、そして上を知らなければ、庶民の中だけで解決する教育にしか目がいかないということ。
私の言っていることは、抽象的でよくわからないかもしれませんが、公に書ける内容ではないので、今はこの程度しか書くことができません。
もし、機会があれば、本当に見たい人だけが見てもらえるようにnoteで有料で書いてもいいのかなあ・・・・と思ったりしています。
何はともあれ、息子の就職先が決まって、ひとまずはほっとしました。
