救急車が到着し、私はストレッチャーに乗せられました。救命士の方がドクターとお話をしています。
「腹膜炎疑いですか?何の検査で腹膜炎疑いの診断なのでしょうか。」などと聞き取りをしていました。
「いえ、検査は特にしていません。触診だけです。」
「え?何も検査はしていないのですか?!」と大きい声で呆れたように話す救命士さん。
「救急搬送要請の状況がよくわからないので、詳しく教えてください。どういう状況でこのようになったんですか?!」
ドクターと救命士さんがなんやかんやとやり取りをされていたようでしたが、私は嘔吐が激しくてその後の話し合いは聞き取れませんでした。私が救急車の中に搬送されてもなかなか出発してくれないので、「どうなってるの?早く出発して欲しい・・・」と心の中でつぶやいていました。ドクターとやり取りしていた救命士さんが戻ってくるなり、
「既往歴も状況も全然教えてくれない。搬送中に容体が急変されても困る。ドクターか看護師に付き添いをお願いしてくるから、少し待っててくれ。」と他の救命士さんに説明し、再度クリニックへ向かっていきました。
「だめだ。どちらも付き添いはできないと言ってるし、何も情報をもらえなかった。仕方ないからこのまま出発しよう。」と、困ったようにそして静かに怒りを抑えたような口調で救命士さんがそう言いました。
救命士さん、相当頑張ってくれたようです。強い責任感のある救命士さん。本当に感謝しています。
あまり悪くは言いたくありませんが、かかりつけ医の対応がひどくて、今後二度と行かないと思います。
腹痛がひどいと最初から訴えているのに、1時間放置。(あとからわかったのですが、私の病気はすぐにでも緊急手術が必要で一刻を争うものだったようです)簡単な触診だけの診察。転医先の適切な選定も迅速にできない。そして誤診。救命士への対応も不誠実。
その地域では優しい先生だと慕われている評判のいい先生でした。普段服用している血圧の薬や糖尿病の薬の処方、簡単な緊急性のない病気を診るなど近隣住民を対象に地域に根差した医療を担うクリニックももちろん必要です。役割分担でそのような医療を提供するドクターという点では完全に住みわけができており、申し分ないのかもしれません。
しか~~~し!それにしても仮にもドクターです。緊急患者が来ることだって時にはあるでしょう。これは、そんなドクターに救命を求めに行った私が悪かったのでしょうか?あまりにもお粗末な対応。そのドクターは緊急度の高い症例の診断を下せる程のスキルや知識を持ち合わせていなかったのかもしれません。診察室の隣の部屋で悶絶する私を待たせ、近所のおじいちゃんにいつもの血圧の薬かなんかを処方していたのでしょう、きっと。
救急車で転医先に着いてからの対応と言ったら、それはもう神対応でした。すぐにERに運ばれ、たくさんのドクターやスタッフが私を取り囲み、処置や腹痛の原因箇所の突き止めが始まりました。ルート確保、採血、触診、血圧・体温測定、超音波検査、レントゲン、CT検査、痛み止め点滴の開始・・・
若い男性医師たちが次々に私のお腹を何度も触診していき、
「帝王切開してますね。反跳痛(はんちょうつう)はないですね。」などど会話していました。
私のお腹をみて、触って次々に色んな腹痛の原因の可能性を推測していくんだなぁと痛みに耐えながら思いました。穿孔(せんこう)?捻転?ドクターたちのそんな会話が聞こえてきました。
穿孔?
まじか?!って思いました。それ、かなりやばいやつ・・・。
とにかく痛い。痛みはどんどん増悪してきました。嘔吐も止まりません。痛み止めの点滴も一向に効きませんでした。看護師が「痛いよね。痛いよね。点滴効かないね。」と優しく励ましてくれました。そして
「先生!先生!点滴効かないようです。」と訴えてくれました。
新たな痛み止めの点滴が追加され、きつめの薬剤が投与されたのか、次第に痛みが弱まってきました。
「良かった。やっぱりxxxはいつも良く効くね。もう少しの辛抱だからね。頑張って。」と看護師の気配りに感謝しかありませんでした。
家族にも連絡を取ってくださり、「今すぐ来てもらうよう連絡してますからね。」と、何から何まで迅速に対応していただきました。
そしてパートナーのEさんがERにやってきました。病状の説明とか分かるかな・・・と心配になりました。やっぱり息子に電話連絡してもらって、説明を聞いてもらおうか・・・・などど色んな心配が頭に浮かんできました。
そうこうしているうちに診断がついたのか、「消化器の先生が来ました!」という声が聞こえてきました。
「なかみちさん、今から病状の説明しますね。小腸の捻転が疑われます。緊急手術が必要ですので、今から手術をしたいんですけど、当院のオペ室が現在全て使用中でもしかすると転院してもらわなければいけないかもしれません。現在オペ室を調整しているところです。どちらで手術をするにしても、すぐに手術ができるように手術の内容を今から説明しますけどいいですか?術式ですが、開腹手術になります・・・・」と消化器の専門のドクターが説明を始めました。
手術のリスク、輸血のこと、麻酔のことその他諸々の説明がありましたが、痛み止めの点滴の投与のせいで頭が朦朧としているため、全然内容が頭に入ってきませんでした。ただ、以前Eさんが腎臓がんの手術を受けた時に説明された術前の説明とほぼ同じようなことを言っているように思い、「はい。はい。」とただ答えました。
一緒に説明を聞いているその横で、Eさんが突然、パニックと過呼吸を起こしてしまいました。
もう・・・!私のほうが驚きました。
今、すごく大事なところ!ちゃんと聞いて書類にサインしてよ~。しっかりして~。と思いました。
ところが一向にその症状が収まる気配がなく、看護師が「ちょっと一旦外に出て落ち着きましょうか。」と言って、EさんをERの外に連れて行きました。
私が次々に書類にサインをしたのですが、看護師が来て
「ご主人、急いでこちらに来て気分が悪くなったみたいです。手術の説明もご自身の手術を思い出して、パニックになられたようです。まだ良くならないので、私がご主人の代わりに同意書のサインを代筆しますがいいですか?」とEさんの状況を説明し、同意書のサインを代筆してくれました。
そうこうしているうちに手術の説明をしてくれたドクターとは別のドクターがやってきて、
「うちの病院で手術できるようになりましたので、45分後に手術をしますね。先ほどは開腹手術をすると説明をしてたと思うんですけど、一旦腹腔鏡の手術でやってみてもいいですか?もし腹腔鏡での手術が難しい状況でしたらすぐに開腹術に切り替えます。手術時間は3時間、もしかしたら腸が壊死している可能性もありますので、その場合は壊死した腸を切除しなければいけません。そうするともっと時間がかかります。5時間とかそれ以上になるかもしれません。造影CTが撮れなかったので切ってみないとお腹の状況が全くわからないんです。状況に応じて手術をしていきますね。」と説明してくれました。
今思い出すと、多分この時に説明してくださった先生が執刀医のドクターだったのだと思います。私は喘息の既往歴があり、造影剤(喘息の既往歴がある患者に対して造影剤は禁忌です)が使えません。そんな中、たくさんの救急医のドクターが他の色んな検査によって迅速に診断してくださり、オペの段取りをしてくださったことに本当に心から感謝しました。そして優秀なドクターに恵まれたことにも感謝しました。
手術が始まるまで、看護師によって術前の準備が始まりました。本当にERのスタッフの方って、手際が良くて、すごく仕事ができるんですよね。おまけに気配りも素晴らしくて、頭が下がりました。
準備ができて、オペ室に入室する前になってやっとEさんが落ち着いて戻ってきました。私の頭は朦朧としたままでした。Eさんは先生からオペの説明をERの外で受けたようですが、理解しているのかどうか定かではありませんでした。戻ってきたEさんの顔をみて、漠然と思いました。
私、もしかしたらこのまま死ぬかもしれない
あー、どうしよう・・・と思いました。同棲を始めてまさかこんなに早くこんなことが起こるとは想像もしていなかったため、通帳や印鑑の場所、生命保険の証書のこととか、緊急の際はどうして欲しいとか何にもEさんには話していませんでした。息子に連絡を取りたくても電話はできないし、遠方にいるし・・・・。
なんかもう、その時はみんなごめん!あとのことは頑張ってよろしく頼む!という心境になりました。
結局、その少しの時間に息子にはLINEで軽く状況を説明することができました。そして、
もしかしたら死ぬかもしれないから、念のため最後の挨拶をするね。あとのことはよろしくね。今までありがとう。頑張ってね。
とメッセージを送りました。
息子からは
そんなこと言うなよ。頑張って生きて。まだ親孝行何にもしてないよ!
と返答が返ってきました。
そしてEさんにも最後の挨拶をしました。
「こんなことになってごめんね。迷惑かけてごめんね。もしかしたらこれで最後になるかもしれない。
今まで一緒にいてくれてありがとう。本当にありがとう。」
「No. No.そんなこと言わない。大丈夫。なかみちは大丈夫ですよ。」と涙目になって言うEさん。
「なかみちさん、そろそろオペ室に入りますね。」と看護師が呼びにやってきました。私はオペ室に連れていかれました。麻酔医がやってきて、全身麻酔が始められました。静かに息を吸い込むと私は意識が遠のいていきました。