日本でお父さんのいないクリスマスを

生き方

今年の12月、クリスマスから年末にかけて、パートナーの家族がイギリスから日本に来ることになりました。パートナーのお母さんとお姉さんです。

今年の5月、パートナーのお父さんが急逝しました。まだ半年ほどしか経っていません。家族は今も、お父さんを亡くした喪失感の中にいます。お父さんは70歳でした。70歳なら、いつかは亡くなるのだろうと思っていたかもしれません。

でも、それは「今」ではなかった。

あまりにも突然のことでした。

ちゃんとお別れをする時間もありませんでした。だから、頭ではわかっていても、気持ちが追いつかないのだと思います。

パートナーも、日本に戻ってきてから仕事の忙しさに追われている間は、その寂しさを忘れていることがあります。

でも、ふとした瞬間に思い出す。

そして、泣いています。

そんなとき、私は話を聞いたり、何も言わずに抱きしめたり、ただ隣にいたりします。

何か特別なことをしてあげられるわけではありません。悲しみを消してあげることもできません。ただ、そばにいることしかできない。でも、それでいいのだと思っています。

大切な人の死を受け入れるには、時間がかかります。しかも、その時間の長さは人それぞれです。

私は11歳のときに母を亡くしました。

弟は9歳の時でした。

私は母の記憶があります。でも弟は、母の記憶がほとんどないそうです。母が亡くなったあと、私は現実を受け入れることができず、泣いてばかりいました。ちゃんと受け入れられるようになるまで、10年くらいかかったと思います。中学生、高校生の頃も、私は人知れず母のことを思い出して泣いていました。

昨年、養母からこんな話を聞きました。

「部屋でこっそり、お母さんの声が入ったテープを聞きながら泣いているのを、何度も見たよ。その姿を見るたびに、胸が苦しくなって、涙が出た」

私は、誰にも見られていないと思っていました。でも実はばれていたんですね。ずっと知りませんでした。

あの頃の私は、母がもういないという現実を、なかなか受け入れられませんでした。大人になって、ようやく少しずつわかっていったのです。

もう母はいない。

会うこともできない。

母のいない世界で、私は私の人生を生きていかなければならない。

そこにたどり着くまでに、私には10年という時間が必要でした。だから、人が誰かの死を受け入れるまでにかかる時間は、本当に人それぞれなのだと思います。亡くなった人との思い出がたくさんある人もいれば、幼くて記憶がほとんど残っていない人もいます。

長い介護の末に家族を亡くした場合には、悲しみの中に、ほんの少し「やっと楽になれた」という気持ちが混ざることだってあるかもしれません。どれが正しいとか、間違っているとかではありません。

その人と、その人の人生によって、悲しみ方も違うのだと思います。

パートナーのお父さんの場合は、突然でした。

「いつか」は来ると思っていても、「え、今?」という出来事でした。

だから、パートナーも、お母さんも、お姉さんも、まだ心が現実に追いついていないのだと思います。

そして、お父さんとお母さんは、とても仲の良い夫婦だったそうです。ずっと一緒にいた二人でした。

そんな人が突然いなくなる。

毎日隣にいた人が、ある日を境にいなくなる。

それは、一体どんな感覚なのだろうと思います。想像するだけで胸が苦しくなります。

だから今回、家族は日本でクリスマスを過ごすことにしました。お父さんのいないイギリスでクリスマスを過ごすのは、あまりにも辛いだろうということで。

いつものイギリスとは違う日本で、いつもとは違うクリスマスです。

日本という、まったく違う環境で過ごすことで、少しでも気が紛れたらいい。

そう考えて、日本に来ることになりました。私は、いいアイディアだと思いました。もちろん、私は少し緊張しています。パートナーの家族とこんなに長く一緒に過ごすのは初めてです。しかも、普通の「家族旅行」ではありません。

どんな毎日になるのかでしょうか。

お母さんとお姉さんはどんな気持ちで日本に来るのでしょうか。

途中でお父さんを思い出して、悲しくならないのかな…。

私には何もわかりません。

そんなことを考えていたとき、パートナーが私にこう言いました。

「本当は、今年の夏、なかみちに普通のイギリスのバカ家族の生活を一緒にさせてあげたかった。でも、それができなくなってごめんね。お母さんと姉が冬に日本に来ますが、普通の状態ではないから、ごめんね。」

私はその言葉を聞いて泣きました。

今年の夏、私たちはイギリスに帰省して、パートナーの家族と一緒に過ごす予定でした。私も初めて家族と長い時間を過ごすことを楽しみにしていました。「普通のイギリスの家族の生活」を見せてもらえると思っていました。一緒にご飯を食べたり、くだらない話をしたり、笑ったり。

そんな時間を過ごすはずでした。

でも、それは叶いませんでした。

まさか、パートナーがそのことを私に謝るとは思っていませんでした。

しかも、

「普通のイギリスのバカ家族の生活をさせてあげたかった」

なんて思ってくれていたことも、私は知りませんでした。誰も、こんなことになるなんて想像していませんでした。夏に一緒に過ごすはずだった家族が、冬には「お父さんのいない家族」になって日本に来る。

そう思うと、やっぱり悲しくなります。

でも、だからこそ、この冬、日本に来てくれる家族に、少しでも楽しい時間を過ごしてもらえたらと思っています。たくさん観光しなくても、毎日楽しくなくてもいいんです。お父さんを思い出して泣く日があってもいいんです。日本にいる間くらい、少しだけ肩の力を抜いてもらえたら、それでいいんです。

そして、もしお父さんのことを話したくなったら、私は話を聞こうと思います。ただ、みんなで一緒に過ごせたら、それでいいのだと思います。

その人がいない世界で、その人を心の中に残したまま、少しずつ自分の人生を生きていけるようになること。

私自身、母を亡くしてから長い時間をかけて、ようやくそこにたどり着きました。だから、パートナーやその家族にも、それぞれの時間があるのだと思います。

今年のクリスマスにお父さんはいません。きっと、楽しいだけのクリスマスにはならないでしょう。それでも、お父さんがいない初めてのクリスマスを日本で家族みんなで過ごす。いつもと違う場所で、いつもと違う時間を。

その中に、少しでも笑顔が生まれたらいいんです。

「あぁ、あのとき日本に来て、みんなで一緒に過ごしたね」

と、いつかそんな風に思える日が来たらいいね。

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