結局、最後は自分なのか・・

生き方

自分の心が大きく揺さぶれる出来事がありました。

友達が自〇未遂をしました。命はとりとめたものの、予断を許さない状況だそうです。家庭問題に悩んでいたようだとのことでしたが、私の知る限り、コロナ前に会ったときはそんな感じではありませんでした。

毎日一緒にいた家族は気が付かなかったのでしょうか?ご主人は毎日妻の顔を見ていたはずなのに、気づかなかったのでしょうか?家業があり、生活だけでなく仕事も二人で一緒に切り盛りしていたはずなのに。結婚をし一緒に住み、一緒に働いているのに、そんな大切なことに気づかないなんて、一緒にいるとはどういうことなのでしょうか。友達の事件を聞き、そう思いました。

〇にたいと思うほど悩んでいた彼女。「助けて」と言えなかった彼女。そして周りも気づかず誰も助けてはくれなかったのです。結局、自分を守るのは自分だけだということなのでしょうか・・・。

今回の事で感じたことは、自分が強くあり、自分の問題は自分で解決していくしかないのではないか?ということでした。

少なくとも自分で声に出して助けを求める強さがなければ、誰も助けてはくれません。

彼女は誰にも相談できなかったのでしょうか、自分で抱え込み追い込んでしまったのでしょうか・・・。自分で一人で抱え込まず、誰かに相談し、逃げ場を自分で作るなど、方法はあったのではないでしょうか。人は悩んでいるときは、視野が狭くなりがちです。相談していればもう少し状況は変わっていたでしょう。しかし相談はしかるべきところに相談しなければ解決しないことも多く、解決の糸口を提案してくれる人に相談しなければ、絶望感しか生まれない場合もあります。彼女はしかるべきところに相談していなかったのでしょうか・・・。友達の一人として悔やまれます。

私にも今抱えている問題があります。パートナーと一緒に暮らすようになれば解決するのではないか、パートナーと一緒に解決できるのではないかと思っていましたが、今回の件で、そうではないように感じました。人を助けるということは、自分が強くなければできません。互いに助け合う関係になりたいと思いましたが、まずは私が強くならなければいけないと気づきました。

私が今一番、悩んでいることは仕事や経済的なことです。パートナーと一緒に住むことで解決されると思いました。でも相手に頼ることは解決にはならないでしょう。これは私の自身の問題です。自分の足でしっかりと立っていくことで相手と対等になり、助け合えるのです。それができなければ他責になり、相手によって自分の人生が振り回されることになると思いました。

彼は私を助けてくれないでしょう。多少は助けてくれたとしても、二人の関係性が何らかの事情で崩れたとき、その問題はまた出てくるはずです。結局自分の問題は自分で解決するしかないのだと思いました。最終的に自分を守ることができるのは、他の誰かではなく、自分自身。幸せにするも不幸せにするも自分。全て自分の中にあるのだと気づきました。しかるべき人に相談をして視野を広め、正しい方向に導いてもらうことができても、それを選択し、実行し、問題を解決するのは自分自身なのです。

単純にパートナーと一緒に住むことを計画していましたが、「一緒にいる」ということはどういうことなのか?を考えさせられました。たとえ一緒に住んでいても、一緒に人生を歩んでいても、助けてと伝えても、解決しないこともあるということです。自分自身と向き合い、自分が今すべきことに立ち向かって自分で解決して生きていくことが、今の私に必要なのだと気づかされました。

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