あのときの私にできることを、精一杯やった

生き方

息子の大学院修了式に参加するにあたり、4日間東京に滞在していました。修了式は1日だけですが、せっかく東京に久しぶりに行くので、東京観光をしたいと思ったのでした。

ミュージカル鑑賞

1日目は息子と一緒にミュージカル鑑賞をしました。東京でしか観れないミュージカルでした。息子はそのミュージカルの歌を全部唄えるので、一緒に観たら楽しいかなぁと思い、今回企画しました。

息子は子供の頃にコーラスをしていたので、その時ことを思い出しながら唄を口ずさみ、楽しそうにしていました。

息子が小さかったころは一緒にミュージカル鑑賞をよくしていましたが、大きくなってからはそのような機会がなくなっていました。今回、本当に久しぶりに息子と一緒にミュージカル鑑賞ができて、昔の頃を思い出しながら楽しむことができました。

こんな母に付き合ってくれて、息子よ、ありがとう!!!

東大ツアー

2日目は、「東大を見たい!」という私のリクエストに息子が応えてくれまして、キャンパス(本郷)を案内してくれました。

私のお気に入りは「三四郎池」。

大学のキャンパスにこんな素敵な池があるなんて!さすがです。こんなところでベンチに座ってゆっくり本を読んでみたいなぁと思いました。蚊に刺されるかな(笑)

さらに「学食で食べてみたい!」という私のリクエストで安田講堂の下にある学食にも連れて行ってもらいました。

たくさん食べちゃいました!生協の学食でしたが、美味しかったです。何より広くて、おしゃれでした。

お腹が満たされたところで、散策をしました。

工学部のスタバ(おしゃれでした)でラテを飲みました。東大にはお土産ショップもあり、お土産も購入しました!(完全にお上りさんです笑)

東大のキャンパスは本当に広くて、迷子になりそうでした。息子に案内をしてもらって良かったです。素敵なキャンパスでした。

※息子は大学院を修了してからも、まだしばらく大学に来ることがあるそうです。自身の論文を海外の学術誌に投稿しており現在査読を受けている最中とのことで、論文の手直しや先生への相談のために来るらしいです。息子、頑張っていますね(笑)

東京スカイツリー

お次は、人生初のスカイツリー体験。東京タワーは行ったことがあるのですが、スカイツリーは初めてでした。

すごく、たか~~~いですね。

ちいかわもいました。

息子とスカイツリーに上って、ウィンドーショッピングをしました。久しぶりに息子とのお出かけでした。

タイ料理レストラン

夜はタイ料理を食べました。私が東南アジア料理が好きなため、息子は私が東京に来たら絶対に連れていきたいと思っていたレストランがあったそうで、そこへ連れて行ってもらいました。

その気持ちがとても嬉しいと思いました。母が来たら連れて行きたいと思っていたなんて・・・

どれもとても美味しかったです!息子よ、ありがとう。

モンブランとコーヒーの美味しいカフェ

4日目はもう帰るだけのつもりで、どこへも行く予定がなかったのですが、息子がどうしても連れて行きたいカフェがあるということで、カフェへ行くことになりました。

コーヒーとモンブランが美味しく、店の雰囲気も絶対にお母さんが気に入ると思うとのことで、連れて行ってもらいました。ここも、母が来たら連れて行きたいと思っていたところらしいのです。

雰囲気のあるとても素敵なお店で、モンブランとコーヒーのお味は絶品でした。息子よ、ありがとう。

駅での別れ

息子の修了式と東京観光と、とても楽しい時間を過ごさせてもらいました。東京観光は、まるで息子と二人で旅行している気分になりました。息子が東京で私を楽しませようとしてくれたことが大変嬉しく、もてなされている側になっていることを感じました。

「この子は、こんなふうに人を気遣える大人になったんだな」と、
息子の成長を同時に感じました。

以前だったら、私が親として主導する側だったのに、今回は、一人の大人同士として一緒に旅行をしているような感覚でした。

そんな楽しい時間を過ごしたあと、お見送りの駅の改札口、息子とお別れをする段階になって、自分でも想像ができないことが起こりました。

なんと、私…

号泣してしまいました。

たくさんの人が行き交う改札口なのに。

自分でも訳が分からないほど、感情が溢れ出して止まりませんでした。

ただただ、涙がこぼれました。

子育てが終わったことへの達成感や、ホッとした安堵感もありました。

でも、それだけではありませんでした。

その時は、ただ、息子の顔を見て、

「本当に終わったのだなぁ。」

と思ったんです。

もう、息子とはあまり会うこともないだろうし、こんな風に昔のように二人で過ごすこともないのだろう…

そう思った瞬間、感情が一気に込み上げ、

「不甲斐ない親でごめんね。たいしたことができなくて、肩身の狭い思いや不憫な思いをさせてしまったね。本当にごめんね。」

と言っていました。自分でも、どうしてそんな言葉が出てきたのか分かりませんでした。

そして、私はさらに号泣していました。

もしかすると、ずっと自分の心の奥底でしまっていた、「片親で苦労させてしまった」という負い目や「息子に申し訳ない」という気持ちが、子育ての終了と言う節目で、張り詰めていた糸が切れ、一気に表に出てきてしまったのかもしれません。

離婚して一人になってからの私は、

「息子をちゃんと育てていかなければいけない」
「私がこの子を守らなければいけない」

と、どんなに辛くても必死になって、歯を食いしばって息子を育ててきました。

思い返せば、離婚後の私の人生は、すべて息子のためにあったように思います。いつか息子が私のもとを離れていくことを想定して、自分なりに子離れもしてきたつもりでした。だから、いつかその時が来ても、私はきっと綺麗に送り出せる、そう思っていたのです。

そんな私が、まさかこんなにも号泣するなんて、夢にも思いませんでした。

私は完璧な親ではありませんでした。いつもズタボロだったけれど、それでも前を向いて、自分にできることを頑張る。私には、それしかできませんでした。

そんな私を見て、泣きじゃくる私に少し驚きながらも、息子は何度も何度も私をぎゅっと抱きしめてくれました。親であるはずの私が、まるで子どものようでした。

そして、「お母さん、今までありがとう。これからはお母さんは自分の人生を生きて。幸せになって。」と、言ってくれました。

さらに、

「お母さんはいつも僕のために頑張っていれていたことは知ってる。文化資本を落とさないようにしてくれたよね。自由研究を助けてくれたり、旅行にも連れて行ってもらったね。バイオリンも習わせてくれたね。お母さんは僕のために本当に頑張ってくれたと思う。今までありがとう。」

そう言ってくれました。

その言葉を聞きながら、私は思いました。

息子はそう言ってくれたけれど、迷走しながらも私はやってきたことは、正解だったかどうかはわかりません。私が「これで良かった」と思っていることが、本当に息子にとって良かったのか。

もっと何かができたのではないか…
間違っていなかっただろうか…

後から、自分が子育てとしてやってきたことに意味を与えることはいくらでもできます。でも、それが子どもの中にどんなふうに残っているのかは、親には分かりません。

だから、あの涙には、寂しさだけではなく、

「私はちゃんとこの子を育てられたのだろうか」

という、ずっと心の奥底にあった問いも含まれていたのかもしれません。

ただ、今の私に言えることが一つあるとすれば、

私は、あのときの私にできることをした。迷走しながらも、自分にできることを精一杯やった。

それが、私の子育てでした。

そして、これからは息子が言ってくれたように、私も自分の人生を生きていこうと思います。

息子の門出、私の子育て卒業
息子が2026年9月18日に大学院を修了しました。とても良い修了式でした。秋入学、秋卒業はやはり留学生が多く、インターナショナルな雰囲気でした。ご家族や友人、恋人などがたくさん来ており、また民族衣装を着用される方もおられ、日本なのに外国にい…

今まで私の子育てブログをお読みいただき、ありがとうございました。

以前から告知していた通り、息子が大学院を修了したため、私の子育てブログは終了します。

これからは、子育てを振り返って、息子の過去のことを書くことはありません。

過去を振り返ることは、結局のところ、自分がしてきた子育てを肯定するために、過去の行動を美化し、後から意味を与えることになりやすく、過去の子育てに意味を見出そうとすること自体に、あまり意味はないと思うからです。

また、独立した一人の人格として社会人の息子の人生を尊重したいとも思いますので、息子の今後について書くこともありません。

息子が「これからは子育てから離れて自分の人生を生きて(=親の自立)、幸せになって。」と私を送り出してくれたので、私は後ろを振り返ることなく、前を向いて自分の人生を生きていきます。

今後のこのブログは、子育て終了後の私の第二の人生ブログとなります。

今まで息子を応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。

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