子どもが巣立ったら、親も次の人生へ~「子離れ」という最後の子育て~

教育

子育て総括の最終章に入ります。子育てが終わりに近づいたら、最後は「子離れ」です。

「仲良し親子」、「友達親子」なんていう言葉があるくらい、最近は仲の良い親子が増えているようです。仲が良いのは決して悪いことではありません。しかし、親子は親子であって、友達ではありません。

ここを勘違いすると、親子関係はおかしくなります。親子は横の関係ではなく、あくまでも縦の関係なのです。命を繋ぐ、縦の関係です。祖父母から、もっと前の祖先から、親から子へと家系の歴史を紡いでいく関係性です。上から下へ流れる縦の関係。大切なことを伝え、そして人生の先輩から先にこの世を旅立ちます。

だからこそ、子の自立という親離れがあり、子を手放すという子離れがあります。

それが、自然の流れです。

それに反して、最近は子供の引きこもり、8050問題など、子が親から離れられない社会現象が起こり、毒親など子供の自立を阻む親の社会問題が起きています。

今日は親側から見た問題を提起したいと思います。

なぜ、子離れができないのか?

そして子育ての最終ゴールとは?

孤独感や不安感を埋めるため

親側は当たり前ですが、年々老いていきます。物覚えが悪くなり、体も動かなくなり、気力も追い付かなくなります。老後、将来に対する不安感が芽生えてきます。仕事を引退すれば、社会とのつながりも少なくなり孤独を感じやすくなり、暇な時間も増えてきます。

その不安感や孤独感を埋めようと、子供を手放したくないと思い、依存するようになることが子離れできない理由の一つにあるのだと思います。

また、子供の面倒をみることで、「役に立っている」、「必要とされている」と感じ、自分の承認欲求を満たそうとしていることも原因であると考えられます。自分の存在意義を子供に見出し、生き甲斐とし、いつまでもいつまでも子供にとって必要な存在であり続けようとすることが子離れができない現状を作りだしてしまうのではないでしょうか。

この場合、子供側が「親は自分の面倒をみることが生き甲斐だから、希望通りにすることが親孝行」と考えていると、状況はさらに深刻になります。

境界線が曖昧

親が、自分と子供との境界性が曖昧で子供を自分の一部と考えていたり、愛情と依存を勘違いしている場合も子離れができません。

大切なのは、

子どもは自分とは別の人間であり、別人格だと認めること

子供の成長と共に親の役割が変化するのだと自覚すること

適度な距離を保つようにすること

だと考えます。

自分自身の問題を抱えている

親自身が問題を抱えていると、子離れできない原因となります。

「自身に持病があって自立していない」、「夫婦関係が悪い」、「自身が過去のコンプレックスを抱えている」、「過去もしくは現在にも、自身の親との関係性に問題を抱えている」、「自分の人生に満足していない」などです。

例えば、親に認めてもらえなかった過去がある場合は、

自分を認めてもらいたい!

子供の世話を焼くことで役に立っていると感じ、承認欲求が満たされる

とか、

学歴にコンプレックスがある

子どもには高学歴を身に付けさせ、良い企業に就職させ、地位を得させたい

子どもの人生に常に口をはさむ

というように、自身の問題を子供で埋めようとするため子離れができなくなる構図です。

親の問題は親の問題であり、子供とは無関係で切り離して考えなければいけません。親の問題は子供で埋めることでは決して解決しません。自分自身の問題として消化し解決しなければいけません。

けれど、このような問題の根深いところは、親は決してそれを自分自身の問題だと捉えられていなところにあります。無意識なんですよね。それが非常に怖い。

子離れの方法と子育てのゴールとは

子離れとは、お互いの自立です。

あなたがいなくても本来、子供は一人でやっていけるのです。

子どもが離れてしまうと、最初は「寂しい」と思うことは当然の感情だと思います。しかし、子供とはそういう存在であり、子育てとはそういうものなのです。

息子が一人暮らしを始める時に見送ったその夜は、私も涙が出ました。常にそばにいた存在がいなくなるわけですから、当たり前の感情だと誰しも想像できると思います。

ですが、亡くなったわけではありませんし、会おうと思えば、話そうと思えばいつでも話せる存在です。それに一人立ちは、本来おめでたいことでもあります。

ですので、私はすぐに割り切ることができました。そして「ようやくこの時が来たのだな・・・」とも思いました。

実は私は、息子が小さい時から、意識してやってきたことがあります。

「息子と過ごすこの時間はかけがえのないもので、二度と戻ることがないもの。この時間をしっかり今のうちに味わっておこう。」と、息子との一瞬一瞬の時間を大切に過ごし、その濃密な時間を堪能し、脳に刻み込んだのです。

子育てはやり直しがききません。そのため決して後悔しないように子育てをしようと考えていました。それと同時に、子供は必ず自分から離れる存在のため、一緒にいられる時間はとても貴重で、子供との時間とはそれだけ重要な意味を持ち、そしていずれ来る旅立ちのために覚悟を持ってその時間を過ごさなければならないと意識していました。

だからこそ、息子と過ごす時間を大切に扱ってきたのですが、子供と過ごす時間をきちんと都度向き合い、覚悟を決めていれば、子離れはそんなに難しいものではないと実感しています。現に私は、精一杯子育てをしてやり切った感があります。

また、以下の言葉を常に心に留めていました。

山口県下関市の教育者「緒方甫(おがたはじめ)」さんが提唱した言葉です。

子育て四訓

乳児はしっかり 肌を離すな
幼児は肌を離せ 手を離すな
少年は手を離せ 目を離すな
青年は目を離せ 心を離すな

小学生は暗くなる前に帰りなさい。
中学生は暗くなったら帰りなさい。
高校生は日付が変わる前に帰りなさい。
大学生は盆と正月くらいは帰りなさい。
大学院生は帰れる家があることに感謝しなさい。
社会人になったら、
子どもが安心して帰ってこれるような家を、
今度は自分がつくれるようにしなさい。

子が巣立ったら、全く関わるな!ということではありません。人生の先輩として意見を求められたら、その時は相談にのったら良いと思います。(基本は、子は同年代の人と相談するのが普通です)

しかし、関係性、距離感は決して間違ってはいけないのです。土足で子供の領域に立ち入ることなんて言語道断です。

子離れとは「子供を信じること」でもあります。私は息子が大きくなってからは息子を見守る姿勢に切り替えて、息子の選択や決断を応援し、一歩引いて息子の力を信じてきました。

息子が自分の決断に不安を感じるような時には、

「あなたならできる。できる子だと信じているし、そう育ててきたよ。大丈夫。」と常に言っていました。

親の役割は、子どもの成長とともに変わっていきます。子供の力を信じて、いつか帰って来る時には「おかえりなさい」という家を作る距離感が丁度良いと良いと思っています。

そして親自身も第二の自分の人生を歩むこと。ここまでが私の考える子育てのゴールです。

子どもが巣立ったら、今度は親自身の人生の続きを楽しめばいいのです。「子育てが終わった」のではなく、

「子育てという大きな役割を終えて、次の人生が始まる」

そう考えれば、子離れは決して寂しいだけのものではありません。子どもの旅立ちを心から喜び、自分自身もまた、新しい人生へ歩き出す。それが、親にとっての最後の子育てなのだと思います。

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