「なかみちさ~~ん!起きてくださ~~~い。手術終わりましたよ~~!」女性の大きな声が聞こえました。
あ~~~、私、生きてる。
麻酔から少しずつ目覚めたとき、まず始めにそう思いました。
でも、目を開けたくても開かない。口も動かせない。体も動かせない。でも頭ははっきりしてきて、声だけはちゃんとクリアに聞こえてくるんです。
Eさんがしゃべってます。
「なかみち!なかみち!手術終わりましたよ。思ってたより早く終わりました。大丈夫でした。」
そんなことを言っていたように思います。
あ、そうか。早く終わったってことは腸は壊死してなかったのかな。よかった。
とにかくEさんにありがとうを伝えたくて、ありがとうと伝えたつもりでした。でも、多分聞こえてなかったかもしれません。Eさんが手を握っていてくれたので、ぎゅっと掴みました。
しばらくまた眠っていたようで、私が目を開けられるようになった時には、Eさんはもうそこにはいませんでした。面会時間が終わったようでした。
麻酔が切れてだんだん頭がクリアになってくると、看護師が入れ替わり立ち替わり様子を見にきていました。何度も痛みがあるかどうかを聞かれました。想像していた以上に痛みがなかったので、開腹手術はしなかったのではないか?と思いました。(帝王切開の経験があるため、開腹手術の大変さや痛みを知っています)
「お腹はどうですか?痛みはありますか?」
「少し痛いですけど、ほとんど痛くありません。」
「痛かったら我慢しないで言ってくださいね。しっかり点滴や頓服の痛み止めを使って痛みを抑えていきましょう。」
と看護師が優しく言ってくれました。救命病棟の看護師は本当に神でした。夜中に何度も何度もやってきて痛みの調整をしてくれて、気にかけてくれました。その度に励ましてもくれました。すごいなあ・・・看護師の鏡だなあと感心しました。朝になって担当の看護師が変わっても、みんな同じ対応でした。皆さん、優しくて気配りができて、一生懸命私に寄り添って看護をしてくれました。一般病棟の看護師との違いを感じました。やはり救急でやってきて緊急手術を受けるということは、あまりに突然すぎて患者側にも心の準備ができてなくて、ショックを受けている場合が多いからでしょう。実際、私も状況に頭が追い付かなくて、なんでこんなことになったのだろうとか、今の病状はどんな感じなんだろうとか、頭がぐるぐるして受け入れられずにいました。救命病棟の看護師は、そういう患者の精神的負担にも寄り添ってくれていたのだろうと感じました。
オペの翌日の朝、主治医(主治医は救急のドクターでした)のドクターが回診に来られました。(主治医のドクターは、オペの翌日に3回も回診に来てくださいました!)若い男性のドクターでした。そして年配の男性ドクターもいました。この年配ドクターが執刀医なのか?とよく状況が呑み込めませんでした。ただ主治医のドクターが痛みはありませんか?などと言い、お腹の傷を診てくれました。(あとからわかったのですが、この時の年配ドクターは執刀医ではなくERの責任者のドクターでした)
思いのほか傷に痛みがなく、私は手術の次の日から起きて歩き始めました。癒着を防ぐためにも動くことは大事だということは帝王切開の手術を経験して知っていたので、頑張って動いていました。
面会時間になって、パートナーのEさんがお見舞い来てくれました。そうなんです。あまりに緊急すぎて、入院の準備を全くしていなかったので、病室に私のものは何にもありませんでした。Eさんは入院道具を持ってきてくれたのです。そして手術後、初めて会って話をすることができました。面会時間がとても短く、入院道具のチェックをして「他に持ってきてほしいものはある?」という会話に終始しました。
あ、そういえば、息子に連絡を!と思い、Eさんに尋ねてみました。
「息子に連絡して、手術のことを説明してくれた?」
「大丈夫。と伝えました。」
「え?それだけ?病状とか説明してくれてないの?」
「先生の説明を日本語で伝えるのは難しいので、英語でメッセージを書きました。でもその書いたものがパニックになって消えてしまいまいした。だから大丈夫しか、言えませんでした。」
えーーーー!
息子、状況を知らんのかーーーーーい!
「Eさん、突然のことでびっくりして迷惑かけたことは、本当にごめんなさい。でもね、だからこそ、息子も突然のことでびっくりしていると思う。遠い所に住んでいるから状況がわからず、より一層不安だと思う。私は息子に連絡を取ることもできない状況だし、息子には状況や病状、手術のことをちゃんと説明して欲しかった。」と私は静かに言いました。
「はい。その通りです。ごめんなさい。本当にごめんなさい。」とひたすら謝るEさんでした。
息子には私からLINEでメッセージを送り、連絡が遅くなった事情を説明し、手術のこと、病状についても説明しました。
無事ならよかった。大事にして。
と息子はさほど連絡が遅れたことは気にしていないようでした。
Eさんとの会話でわかったのですが、どうやら術後の説明はドクターが英語でしてくれたらしいのです。え?そうなの?と驚きました。英語ができるドクターが主治医?執刀医?かわかりませんが、本当にありがたいの一言でした。
オペの翌々日になって、執刀医のドクター(執刀医も救急のドクターでした)が回診に来られました。私はまだ手術の詳しい話を聞いておらず、病名も知らなかったのです。
病名は絞扼性(こうやくせい)腸閉塞でした。
驚いたことに手術部位は横行結腸(大腸)でした。オペ前は小腸だと聞いていたのに・・・。
胃を包んでいる大網(だいもう)と呼ばれる組織がなんらかの事情で絡まって索状物(さくじょうぶつ=輪っか、バンドのようなもの)ができ、その中に何らかの事情で腸が入りこんでしまったというのです。この索状物によって内腔、腸菅膜や血管がきつく締め付けられ、腸管が閉塞し血流障害が起こることが絞扼性腸閉塞という病気らしいのですが、今回、私の手術ではこの索状物を剥離し、締め付けられている腸を解放する内容だったそうです。幸いなことに大腸は壊死しているところもなく、切除術は不要だったため、開腹術に移行することなく、2時間半ほどで終了したとのことです。
この病気を事前に防ぐことができたのかを聞いてみるも、予測はできないものだったとのことでした。何か食事が悪かった、日常生活に問題があったという類の病気ではないそうです。
運が悪かったとしか言いようがない。たまたま出来た索状物に、たまたま腸が入り込んでしまった。悪運に悪運が重なっただけだった。と。
そんなことあるんかーーーーーーい!
と心の中で思いました。
腹痛が起こる前日の夜の10時までスポーツジムで筋トレをして、豚肉の生姜焼きご飯食べて、すこぶる元気だったんですから、本当に青天の霹靂でした。
執刀医のドクターから一通り病状や手術の話を聞いたのち、パートナーのEさんに英語で説明をしてくださったことに感謝の意を伝えました。Eさんに英語で術後のことを説明してくださったドクターは執刀医でした。
「先生は留学などされてたんですか?」
「いえいえ、学校に通って勉強しているんですよ。今も勉強しています。」
「本当ですか?!救急医のお仕事はとても大変なのに、その合間に英語の勉強もしてるなんて、本当すごいです!」
「いやいや・・・・、でもここ最近は忙しすぎて、休みがちで学校から連絡が来たくらいです。(笑)今はインバウンドの影響で外国人旅行者が救急で来られることも多いので、少しでも病状をちゃんと聞き取って自分で説明できるようにと思いまして・・・」
とそんな会話をしながら、この優秀で志高く、自己研鑽に日々励むドクターに心から感謝しました。日本の病院なのですから、日本語で診察や説明を受けるのが当然です。しかし、外国人も患者として来るようになったからスムーズな対応をしたいということで、相手の事情に合わせて研鑽をしているなんて、本当に素晴らしいドクターだと思いました。日本の病院で英語で医療を受けられるということは決して当たり前のことではありません。あくまでも志高いドクターのオプションサービスであることをこ知ってもらいたいと思います。私の命を助けてくださっただけでなく、家族であるEさんへのこのような配慮をしてくださったことについても、本当に頭が下がる思いでした。