おならができる恋

生き方

同棲を始めてもうすぐ2年が経とうとしています。早いものです。最初は緊張して、ご飯も喉を通らなく、よく眠れない日々も続いていました。

今では、よく食べ、ぐーすか寝て、おならまでしちゃう仲です(笑)

慣れって恐ろしいです。

生活に慣れて、二人の距離感はいい感じで、ゆるゆるに楽しんでいます。

先日、「平場の月」という映画を見ました。いわゆる中年の恋がテーマになったものです。アラフィフの恋でした。

私もまさにアラフィフの恋をした一人でしたので、親近感を持ち、共感するところが沢山ありました。

中年の恋って、若い頃の恋愛と違って、色んなことにブレーキがかかってしまうんですよね。映画でもブレーキがいっぱいかかっていましたよね。

それって、若い頃と違って、人生経験を積んで、人間関係も複雑になっているから、素直に相手の懐に飛び込めないからなんです。

「こんなこと言ったら恥ずかしいかな」

「こんなことしたら恥ずかしいかな」

なんて….。

体の関係だって、久しぶりになるので、「できるかな、大丈夫かな」ってドキドキなんです。それは自分だけじゃなくて、相手もだったりして。結局、お互い様で、コトが終わってから、

「実は・・・・あの時緊張してたんだよ。恥ずかしかったんだよ。」なんて、打ち明けあったりして。

映画でもキスシーンなんか、どこかぎこちなくて、

「あ、わかる!」なんて思いました(笑)。

「年を取って、体の線が崩れているから、裸を異性に見られるなんて、恥ずかしい」とか、そんなことも思いましたし、映画でも井川遥さんが演じる女性も、同じように思ったんじゃないかな。

年齢を重ねた恋は、そんな風にスマートにいかないからこそ、味があっていいものです。若い頃とは違う感情が出てきます。

そして、特別ではない日常に、二人で過ごす生々しい、些細な日常に二人の愛があると思っています。(映画でもリアルな日常が淡々と描かれていました。)

若い頃だったら、もっと特別なことを求めていたかもしれません。

どこかへ連れて行ってほしい。
素敵な言葉を言ってほしい。
ドキドキするようなことをしてほしい。

でも今は、隣で一緒にご飯を食べて、くだらないことで笑って、同じベッドで眠る。

それだけで、幸せだなと思うことがあります。

朝起きて、「おはよう」と言う。

一緒にスーパーへ行く。

「今日、何食べる?」なんて相談する。

そんなことの繰り返し。

そして、気がつけばお互いの前で、おならまでできるようになっているのです(笑)。

恋の始まりは、あんなに緊張していたのに(笑)。

人って、こんなにも変わるものなんですね。でも、慣れたからといって、愛がなくなったわけではありません。むしろ、緊張しなくなったからこそ見えてくるものがあるのだと思います。

相手のちょっとした表情。
疲れているときの様子。
何気ない口癖。
機嫌がいいときの顔。

そういうものを、少しずつ知っていく。若い頃の恋は、「相手に好かれたい」という気持ちが大きかった気がします。

今は、「この人が今日も元気でいてくれたらいいな」と思います。

それは恋なのか、愛なのか….。

もう、そんなことはどうでもいいのかもしれません。

アラフィフになって恋をして、一緒に暮らして、ドキドキして、恥ずかしがって、
そして今では、おならまでできる(笑)。

なんともまあ、ロマンチックとは程遠い恋です。でも、私はこういう恋が、案外好きです。若い頃のような華やかさはない。スマートでもない。ちょっと不格好で、時々面倒くさくて、生活感だらけ。

それでも、誰かと一緒にご飯を食べて、同じ部屋で笑って、
「おやすみ」と言って眠る。

そんな毎日の中に、ちゃんと愛がある。

ということで、中年の恋って、案外いいものですよ。

忘れてましたが、二人の日常エッセイをnoteに書いてました。良かったら読んでみてください。

なかみち(国際恋愛)|note
私はアラフィフLadyのなかみちです。素直でお茶目な10歳年下のイギリス人パートナーとの生活を綴っています。彼のかわいさをご堪能ください!本サイト()もよろしくお願いします。
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