母子家庭に対するはじめての息子の愚痴と『親ガチャ』

生き方

コロナに罹患し家にいる間、息子と少し言い合いになりました。
コロナのため入学してからずっと学校に通えずオンライン授業、友達もなかなかできない、サークル活動もできない・・・などなど、できない尽くしのこの2年間で息子もストレスが溜まっていたようで、少し八つ当たり的な愚痴が息子の口からでてきたことがきっかけでした。

うちにはないものが沢山ある。父親がいない、兄弟がいない、祖父母がいない、親戚が近くにいない、非課税世帯で貧乏でお金がない。

お父さんがいたらよかった、兄弟が欲しかった、おじいちゃん、おばあちゃんが欲しかった、もう少しお金のある家に生まれたかった。

よそのうちは家族がいて団らんがあって、お金もあって楽しそうだ。

今の時代はインスタなどで、友達の家庭環境がわかりますからね。自分とのギャップに思わず出てしまった本音なのでしょう。

さすがに応えました。

だって、私の力ではどうすることもできないものばかりですから。

●父親→女ができて出て行った。
●兄弟→息子を妊娠時、経過がよくなく出産する際私も息子も死にかけたため、今後二人目を持つことにはリスクがあるので避けた方がよいと主治医に言われた。つまり私の体の問題で兄弟は作ることが難しい。
●祖父母→私には両親がいない(一応養母はいます)。息子の父方には祖母がいるが、父親と連絡を取っていないため祖母とも音信不通。
●お金がない→私はコロナで失業し、現在派遣社員。社会情勢で致し方がない。不可抗力。

息子も事情を知ってて、わざわざコロナに罹患して弱っている私にこんなパンチを食らわせるなんて、卑怯だなあ・・・と思いつつ、でも長年母子家庭で育ち、胸にしまっていたモヤモヤしたものが、このコロナ禍の閉塞的環境をきっかけにして、あふれ出てきてしまったのかもしれません。

私はかなり特殊な家庭環境で育ってきて、子供の頃からマイナススタートでした。その私に比べれば、息子はまだマシではあるけれでも、一般的な周囲の友達と比べるとやはり少し違う環境なのでしょうね。それは申し訳ないの一言なのですが・・・

私は一人でここまでやってきました。母親が子供の頃に病気で亡くなり、父親からは虐待を受けて育ち、自分一人が生きていくだけでも辛い人生でした。結婚して子供をもうけても離婚する羽目になり、また一人で頑張らなければいけない人生になってしまいました。

「子育てだけは失敗したくない!後悔したくはない!」と、子育ては一人で全力でやってきました。子育てに軸を置いた私の人生には何の悔いもありません。「あの時、こうしておけばよかった」と思っても子育ては戻ることができないのですから・・・・。子育ては期間限定なのです。

子育ての期間は大変でしたけど、同時に人生で一番幸せな時間でもありました。
本当に幸せでした。

私に幸せな時間をくれた息子には感謝しています。

コロナ禍であっても、失業して本意ではない低賃金の仕事をしていても、息子が立派に育ってくれて私自身も健康で過ごすことができていましたし、一般的な人より持っているものは少ないかもしれませんが、心の持ちようだと思い、毎日前向きに楽しそうに生きていましたが、それが息子の癇に障ったようです。今の私が作ってきた家庭や私の実情は、息子からすると、卑屈に感じるものなのかもしれないと、今回の発言で悟りました。子育てをやりきった私の満足感と裏腹に息子の思いは違っていたようです。

『親ガチャ』という概念が昨今、話題を集めています。子供は親を選べません。生まれによって人生が決まってしまう。そのような意味を表す言葉です。


私もはずれの親をひいてしまい、さらにはずれの夫をひいてしまいました。どうすることもできない環境にさらされて今を生きています。自分の人生ははずれでも、息子の人生ははずれにならないよう、逆転できるよう自分を犠牲にして尽くしてきました。私の人生を踏み台にしてでも、息子の人生は晴れであって欲しいとそう願いました。


なぜなら、

はずれ人生は私の代で断ち切りたい。

そう思っていたからです。ですがそれでは駄目なんだとわかりました。


『親の心 子知らず』ではありますが、沈んだ人生を生き、頼りない、貧乏で情けない親がいると、彼は卑屈になるのでしょう。でもそれも一理あると思いました。自分の人生の土台が親の犠牲の上に成り立つとしたら、それは『砂上の楼閣』のようなものですから。連鎖を本当の意味で断ち切るなら、子供だけではなく親である私も一緒に上昇していかなければならないのです。子育てをやり切った私の満足感、陶酔感はただの自己満足であり、息子からしたらうわべだけに見えるからこそ、癇に障ったのでしょう。

例えば、父親がいないなら私が再婚し父親を作ってあげることもできただろうし、もし再婚相手に連れ子がいたなら息子には兄弟ができるわけです。もしくは養子縁組で別の子供を引き取り兄弟をつくるということもできたかもしれません。再婚相手に両親がいるなら祖父母もできますし、夫婦で子育てができれば私はもっと働けたかもしれず、今のような貧困キャリアにならなかった可能性もあります。

たらればの話にはなってしまいますが、今のような状況にならないように方法はいくらでもあったかもしれないのに、私がそれをせず、そして自分の幸せを犠牲にして子育てをするという選択肢を取ってきた私自身のマインドに問題があるようにも感じました。

私は『子育てが終わった今、自分の人生を生きて、上昇させなければいけない!』、そう思いました。『親ガチャ』ではずれを引いた私が不幸であるなら、自分のことを『親ガチャ』ではずれを引いたと思っている息子も同様に自分も不幸になるかもしれないと感じるからです。『親ガチャ』ではずれを引いても自分の力で変えることできるんだよという前例を私が息子の目の前で見せることが、私が息子へできる最後の教育なのかもしれません。

私は子育ての状況に合わせて何度も転職をしています。ブラック企業に捕まったり、非正規雇用でしか働けない時期もあり、「なぜ私は安定した企業で正社員で働けないのか」と苦しんだこともありました。私の能力不足や子育てのためにわざと責任の少ない単純労働を選んできたということも原因だとは思いますが、たどり着いた結論はそもそも日本の社会制度や雇用慣行は時代にあっておらず、ロスジェネ世代、女性、独身(ひとり親)など、制度設計からこぼれ落ちた人は、日本ではまともに働けず貧困に落ちるシステムになっているのだと思います。まさに私がこれにあたります。


日本の女性の労働は、高度成長期に夫の支えがあって補完的にやるものという社会の仕組みの中にあり、低賃金に設定されています。その慣行が今もそのまま続いています。子育てをしながら両立させようとすると、男性のように給料は補償されるけれども長時間拘束されるというような仕事にはつけないため、短時間勤務、補完的な仕事、非正規の低賃金の仕事につくことになりがちです。シングルマザーはそうしてどんなに頑張って働いても、貧困からは抜け出すことが難しいのです。そして老後も厳しい。一度、レールからこぼれ落ちてしまうと正社員へのステージに上がることも難しく、非正規雇用のままかもしくは正社員になれたとしても、名ばかりのブラック企業正社員の仕事ばかりしか世の中には残っていないのです。それが現実であり、私が辿ってきた道であり、決して今の日本では珍しいことではないのです。「私の責任なのだろうか、運が悪いのだろうか」と、自分を責めた時期もありますが、結局は日本の社会システム、構造的な問題のため、何度私がこの先転職しても状況は変わらないのであろうと推測しています。


ですが、私は息子の重荷にはなりたくないですし、今はしがない派遣社員ですが、脱出したい!子育てが終わった今、私は今後自分のセカンドライフをどうすべきかを考えてみたいと思います。

薄井シンシアさんという方がいます。彼女の子育てに対する生き方は、私が感じてきたことと一緒だったため、共感できました。また現在は、彼女は自分の新たな人生を生きており、とても励みになりました。彼女とはスペックが違いますが、こんな風に生きれたらいいなと思いました。私はもっともっと頑張りたい!世の中のシンママさん、一緒に頑張りましょう!薄井シンシアさんを紹介します。是非みてみてください。

アベマプライムに出ているこの回の薄いシンシアさん、とても素敵でした。

息子の愚痴に私は反撃をし、お互い涙を流しながら腹を割って話し合いました。
そして最後に納得した彼は、

「子育てが終わったのだから、あとは自分の人生を生きて。やりたいことをやって生きて。」

そう私に言いました。

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