母親業が完璧終わりに近づいている我が家ですが、以前から書いているように、うちは子育ての最終目標を自立にしていました。
しかし、どのようなことを子育ての最終地点にするかはご家庭それぞれなので、価値観もそれぞれなので、正解はないと思いますし、批判をするつもりもありません。
ただ言えることは、親は確実に子供より先に旅立ちます。そのため残された子供が、親が亡き後もきちんと生きていけるようにしておくことが何より大切なのだと私は感じています。
自分で考えて、自分で決めて、自分で行動する。
壁にぶつかった時には自分で考えて、判断して対処する。
私は、このようなことができるように意識して子育てをすることが大事だと思っています。
では、どうしたらこのような子供になるのか?
それは、親が先回りして必要以上に世話を焼かないことです。
お弁当一つにしてもそうなのですが、大きくなったお子さんにお弁当を持たせるという行為を例にとってみましょう。
親としては、お弁当を持たせることは、
・経済的
・栄養が偏らない
・コンビニなどで調達する手間を省けて時間的に効率が良いでしょ?
・他の家族の分も作っているので、母親的に弁当作りが手間じゃない
など、色々考えて行っていることかもしれません。
各ご家庭で考えは自由です。他人がそこに首を突っ込む権利はもちろん無いとは思うのですが・・・
しかし、私が思うことは、「その先を考えていますか?」ということです。
1.経済的→自分の昼ご飯くらい、お小遣いなどでやりくりするなど経済観念を学ぶ機会を奪ってはいませんか?ある程度の年齢なら、自分で考えてもいいですよね?
2.栄養が偏らない→自分の健康管理を学ぶ機会を奪っていませんか?適当な食生活をしてしまって体を壊したときに、食べる事の大切さ、バランス良く栄養を摂ることの大切さや「必要な栄養素とは何か?」を自分で学ぶのではないでしょうか?
3.コンビニなどで調達する手間を省けて時間的に効率が良いでしょ?
→時間管理の機会を奪っていませんか?授業、仕事をやりくりして、どのようにランチの時間を捻出するのか、時間がないなら、どのようにしてランチを取るのがいいのか、タスク管理や時間の最適化を自分で考える機会を奪っているとは思いませんか?
4.他の家族の分も作っているので、母親的に弁当作りが手間じゃない
→それは母親の問題であって、お子さんには関係がありません。それを理由に、お子さんが自分の頭で考える機会を全て奪っているとは思いませんか?自分のご飯くらい、自分で時間を作り、自分で何を食べるか考え、自分で調達し、自分のお金でやりくりする、という自分で行動するという当たり前の機会を奪っているとは思いませんか?
親が子供にとって良かれと思い、先回りする行動は子供の自立心を奪います。子供は自分で考えなくなります。人に考えてもらい、人に決めてもらい、受け身で生きていくようになりやすいです。そしてその結果、壁にぶつかった時は自分で対処はできません。人のせいにするようになります。(他責思考)失敗からも学ぶことができません。
些細なことでもよいので、「自分でやらせてみる。失敗したら、考えさせて乗り越えさせる。」、この繰り返しがとても大事です。親が配慮、愛情という名のもとに、先回りしてなんでもやってあげてはいけないと思います。
小さい頃は、お手伝いからで良いと思います。
うちは、息子が小学校低学年の頃からトイレ掃除をさせていました。男の子はトイレを汚すことが多いので、トイレ掃除の大変さを教えました。そうしたら息子は飛ばさないように座って用を足すようになりました。友達が家に来た時は、「トイレ掃除は大変なんだぞ。壁を汚すなよ。できれば座ってやってくれ。」と言っていたくらいでした(笑)
高学年からは朝ごはんの後の食器洗いをやらせていました。毎日学校に行く前に、ご飯を食べ終えたら、自分と私の分の食器を全て洗って、洗い終えてから学校へ行っていました。
中学からは自分の服の洗濯です。サッカー部だったので、汚れものが毎日大量にありました。それを息子は毎日手洗いで、泥や砂を落とす、予備洗いから始めて洗濯をしていました。
高校からは自分の弁当作りです。最初の1か月は私と一緒に作り、慣れずにうまくできませんでしたが、要領を得てくると徐々にうまくなり、「お弁当にxxを入れたいから買ってきて」などど頼まれ、メニューも自分で考えられるようになりました。
大学からは、息子は日常の全部自分でできるようになり、お金のやりくりも上手になりました。
親にやってもらうことが全て当たり前と思わせてしまってはいけないのだと思います。このようにお手伝いを徐々にやってもらうことで、大変さがわかってくるため親への感謝の気持ちもでてくるようです。
家事のお手伝いは段取り力が必要のため、自分の頭で色々考えます。
サッカー部の練習着を洗い忘れたらどうなるか?
→仕方なく、汚れたものを着ていくしかないのです。それを本人がどう思うか・・・?
「気持ち悪かった。恥ずかしかった。」という感情が芽生えれば、疲れていても寝落ちする前に頑張って洗う努力をするとか、時間管理をどうするのかなど、自分で対処法を考えることができるわけです。それを先回りして、親が「かわいそうだから・・・」とやってあげてしまうと、学びの機会を奪ってしまいます。そこは心を鬼にして失敗から自分で考え対処してもらい、その経験から学んでもらうのです。
社会に出ても、常に自分で考えて、自分で決めて、行動しなければいけませんし、壁にぶつかった時、失敗した時は自分で考え、判断して行動しなければいけませんよね?
だから親は先回りして、子供の経験を奪ってはいけないのだと、私は思います。子供に不憫な思いをさせたくないと、先回りしてお母さんがやってあげることは、愛情ではありません。ただの自己満足です。
私の知り合いに、40歳のお嬢さんを持つお母さんがいます。未だに全てお母さんが娘さんのことやっています。「やるように言っても、あの子は何もしないから・・・」と言って。子供は家を出る気はなく、働いていません。お母さんは、お嬢さんが結婚しても、「一緒に住む」と言い張っています。「娘は何もできない子だから、結婚相手の人に迷惑をかけてしまうだろうし、私がやってあげたいと思って・・・。」と。
この言葉を聞いて、ドン引きしました。また、お母さんの大きくなった子供への執着心も恐ろしいと感じました。「いい大人になった子供へ、なぜそこまで執着する?」と。親が何でも先回りしてやってあげたその末路はこんな感じなんです。自立とは程遠い姿です。もはやここまでくると共依存状態です。お母さんが亡くなったあと、このお嬢さんはどうやって生きていくのでしょうか・・・。
厳しい言い方にはなりますが、「育てたようにしか子供は育たない」のです。目の前のお子さんの姿が、子育ての結果です。
